本当に必要なことは何?「武器ではなく命の水を 医師中村哲とアフガニスタン」

武器ではなく命の水を 医師中村哲とアフガニスタン

動画投稿者:touhokushien
動画元:武器ではなく命の水を 医師中村哲とアフガニスタン

記事一覧(No.1~100)

List of blog articles (No.1~100).

記事一覧(No.101~)

List of blog articles (No.101~).

この動画を好きな方は、こちらの動画もおすすめ

動画との出会い

いつものようにYoutubeをランダムに見ていたとき、中年男性のサムネイル画像と「アフガニスタン」という国名が含まれた題名に惹かれ、何も考えずに見始めました。9.11テロが起きた当時ニュースで見ていたのですが、冒頭からアメリカで起きた9.11テロの画像から始まり、ビルが崩れ倒れてゆく様子に再び衝撃を受けました。

動画の内容

パキスタンやアフガニスタンで医療活動を行ってきた中村さんが、長年、現地に住む内に「大勢の医師を派遣するより水や食料を何とかすることが現地の人々には必要」と思うようになり、医療活動を止めて用水路を自ら計画し、完成させていく様子が記録されています。

中村哲さんのこと

Jossué TrejoによるPixabayからの画像


1946年福岡県生まれ。九州大学医学部卒業。国内の病院勤務を経て、1984年パキスタン北西辺境州(現:カイバル・ パクトゥンクワ州)の州都ペシャワールのミッション病院ハンセン病棟に赴任しパキスタン人やアフガン難民のハンセン病治療を始める。 その傍ら難民キャンプでアフガン難民の一般診療に携わる。1989年よりアフガニスタン国内へ活動を拡げ、山岳部医療過疎地でハンセン病や結核など貧困層に多い疾患の診療を開始。
2000年から、旱魃が厳しくなったアフガニスタンで飲料水・灌漑用井戸事業を始め、2003年から農村復興のため大がかりな水利事業に携わり現在に至る。専門=神経内科(現地では内科・外科もこなす)

引用:ペシャワール会「現地代表 中村哲」

現在の中村さんは2019年で73歳になる高齢の方ですが、現在も国際NGO(NPO)団体「ペシャワール会」の現地代表をされながら、アフガニスタンでの活動に関する講演を日本各地で行われています。

動画の中で「自分は長く生きられないので」と言われていましたが、御自分の年齢のことも考えられている様子で、自分が居なくても、現在おこなわれている物事が現地の人々の手によって続けられ、発展していくようにするには、どうしたら良いのか思案し、実行されているようです。

中村さんの思い


動画に映し出される中村さんは「9.11テロがキッカケで戦争が始められたことに悲しく思った。地域に住む住民たちに空爆がおこなわれ、死んでいく姿を見て、地域の人々を救助することなく、爆弾を落とされる状況を信じられなかった」と言われています。
引用:武器ではなく命の水を 医師中村哲とアフガニスタン

誰かを助けるということ

中村さんはアフガニスタンの人々を助けるために、現地の方たちの価値観や先のことを考え、用水路や診療所、学校などを建設してきました。

中村さんが現地に居なくなった後も、現地の方々だけで修理や施設の運営ができるようにと考え行った一つの例として、用水路の建設方法があげられます。動画の中で壊れた水路を現地住民の方たちが自らの手で修復する様子が見られ、自分たちで修理を行えるようにするとは、こういうことを指していたのだと思い知らされました。

また、動画の中で「用水路建設の専門家を育てる学校」の建設も計画されているとおっしゃっており、先々のことまで深く考えられる方なのだと思いました。一時だけ誰かを助けたとしても、それ以後にその場を立ち去り、助けた相手が元の状況に戻るような助け方は、助けた相手のためにならないことを知りました。助けた後も、助けた相手が最低でも自分でその状態を維持できなければ意味が無いのですね。

【中村さんは、用水路建設後に地域住民たちのためにイスラム教の礼拝所モスクや学校の建設もおこないました。アフガニスタンの人たちにとってモスクは、礼拝の場であり、心の拠り所でもある。人々が集い、時に村人同士の喧嘩を解決するなど、地域コミュニティーの中心的な役割も果たす。

引用:武器ではなく命の水を 医師中村哲とアフガニスタン

中村さんは、地域住民の気持ち的な部分にも安らぎを与えるために現地の方に必要なモスクなどの施設建設の活動もされているようです。日本でいえば、お寺や神社を造営してもらうのと同じ感覚と思います。現地住民の方々は、大切にしてきたモスクを戦争により破壊されてきました。もし戦争で神社やお寺を破壊されたら悲しいですよね。アフガニスタンでは、現実にそれと同等なことが行われているのです。

現地住民の方々は、そういう心の苦しみを感じながら、飢えや貧困の中で生活されているのですから、大変、辛い思いをしているのだと思います。

必要最少限のものが不足したために起きる争い

Marion WunderによるPixabayからの画像

【現地は治安が悪いと言われていますが、泥棒に入る人も遊ぶ金が欲しいわけではないのです。家族を食べさせるために人のものに手を出したり、傭兵になるのです。皆やむを得ずそうするへれども、決して誰も望んでいないことなのです。平和で家族が一緒に居て、安心して食べて行けることが願いなのだと思う。

引用:武器ではなく命の水を 医師中村哲とアフガニスタン

動画には、水や食料が不足しているために人々が争い、戦争に出かけるといった様子が映し出されています。そして用水路の長さが伸び、周囲に畑ができ、食料が採れる世になると治安が良くなる様子も見ることができます。それを見ると、やはり貧困が人に与える影響は多大なものがあると思いました。

用水路周辺の現在

中村さんが用水路を建設した用水路周辺は十年以上経った現在、緑の畑が広がり木々も植林され、仕事を求めて各地に散っていった人々も戻りつつあるそうです。動画の後半部分で見られた、農作物や畜産物の加工がおこなわれる様子や、様々な品物が販売される市場の賑やかな様子、幸せそうに笑いながら畑仕事をする人々の様子を見て、本当に良かったと思いました。動画が作られた時点で、約10万人の人々に恵みを与えているそうなので、中村さんは、本当に多くの人々を助け、幸せをもたらしたのだなと感心しました。

動画の中で、黄金色の小麦畑の中を笑いながら駆け回る子供の姿や、大きく育った作物を抱えながら微笑む農家の方が映し出され、アフガニスタンに住む一部の人々だけかもしれませんが、水や食料の問題は解決されたのだなと安心できました。現地住民の方たちの幸せそうな様子を見て嬉しそうに微笑む中村さんの笑顔から、心から喜ばれていることを感じました。

動画を見終わって思ったこと

Myriam ZillesによるPixabayからの画像

御紹介した動画には、中村さんの当時の思いや考え、行動が記録されていて、とても勉強になりました。9.11テロから始まった戦争への思い、次々に亡くなっていく現地の方々への思い「現地の方々がどうしたら、これから先、自分たちの力で幸せに生きていけるか」という考え。動画を見終わった後、暫くのあいだ、自分だったら、どう考えて行動していくのだろうと考えていました。

中村さんは現地に住み、現地の人と生活を共にして、現地に何が必要かを考え行動している方なので、その中村さんが考え抜いた結果、医師という職業を中断し用水路建設を自ら計画し、自ら設計図を描き、先頭に立って行ってきたということは、当時の状況が、本当に人間にとって基本的なことが逼迫していたのだと思います。だからこそ、外国人が計画した用水路建設計画に現地の方々が大勢参加したのではないでしょうか。

参加した方々の職種は、農民や避難していた難民、元タリバンの戦闘員やアメリカに協力していた元傭兵という、一人一人様々な立場の人々でしたが、皆が集まってきた理由の根源には「生まれ育ったアフガニスタンの地で暮らしたい」という一つの同じ思いがあったのだと思います。

中村さんは、人を助けるために医者になり、人を助けるために白衣を脱いで用水路を建設した方。人が人のために生きる姿を見せていただきました。