辻井伸行「愛の夢 第3番(リスト)」Nobuyuki Tujii : ピアノ演奏:piano performance:Liebestraum No 3 in A-flat major, Love Dream

動画元:Nobuyuki Tsujii – Liszt – Liebestraum No 3 in A-flat major, Love Dream
動画投稿者:Classical Vault 1

【 投稿記事一覧 】

【 辻井信之さんの動画記事 】

動画について

今回御紹介した動画は、辻井伸行さんが「愛の夢」を演奏している様子を撮影したものです。

【辻井伸行さんの詳細は下記の記事を御覧ください】

御紹介した動画の説明欄に動画撮影に関する詳細は記載されていませんでした。

「愛の夢 第3番」について

「愛の夢」は、1850年にリストが作曲したピアノ曲です。

リストが作曲した3つの歌曲を、リストがピアノ独奏版に編曲したもので、「愛の夢」は3曲から成り立っていることから「3つの夜想曲」というサブタイトルが付いています。

今回御紹介した動画の曲は「愛の夢」の第3番として含まれています。

【夜想曲の詳細は下記の記事を御覧ください】

リストについて

この投稿をInstagramで見る

𝓜𝓪𝔃𝓮𝓹𝓹𝓪 (鈴木若君)(@daisuke_mazeppa_suzuki)がシェアした投稿

リストの本名は「フランツ・リストドイツ語Franz Liszt)」です。
リストは、ヨーロッパ各地で活躍したピアニストで、作曲家でもあります。
リストは1811年10月22日に現在のオーストリア共和国ブルゲンラント州ライディングで産まれました。
【リストが生まれた場所】

リストの音楽の経歴

お父さんの手解き(てほどき)で幼い子供の頃から音楽の才能を現したリストは、10歳になる前には公開演奏を行っていました。

1822年、11歳のリストは現在のオーストリアの首都ウィーンに移住して、ウィーン音楽院で学びます。

1827年、リストが15歳のときにお父さんが亡くなったため、リストがピアノ教師として働き家計を支えていかなければならなくなりました。

余談ですが、リストは当時のピアニストの中では女性ファンの失神が続出した逸話が残るほどのアイドル的な存在だったそうです。

晩年のリストは、虚血性心疾患・慢性気管支炎・鬱病・白内障に苦しめられるようになります。
1886年7月31日、リストはバイロイト音楽祭で行われたワーグナーの楽劇「トリスタンとイゾルデ」を観賞後、慢性気道閉塞と心筋梗塞により75歳で亡くなりました。

参考:Wikipedia「フランツ・リスト」

動画を観て思ったこと

動画で辻井伸行さんが演奏している「愛の夢 第三番」は愛について歌った歌曲をピアノ独奏版に編曲したものということで、とてもロマンチックな雰囲気の曲だと感じました。

まとめ

御紹介した動画はいかがでしたか?

今回、リストの経歴を調べる中で、リストが多くの女性ファンを失神させるほどのアイドル的存在だったことを知り、どの時代も同じようなものなのだなと思いました。

シェアする

  • このエントリーをはてなブックマークに追加

フォローする